新たな夢を

これで、今回の日本滞在記は終わります。

最後までお付き合いくださった読者の皆様ありがとうございます。

また次回配信分からは、イタリアと我が家の日常をお伝えしてまいリます。

でも、まだまだ皆様にお礼を言い足りなくて・・・

ごらんください、日本で皆様にいただいたお土産の数々です。

regaliregali1regali2

regali3regali4regali5

regali6regali7

またうれしいのは皆様の記念のサインの数々。

署名署名2

署名3署名4

署名5署名6

千葉の球根博士は漢文で歓迎の詩を即興で書いてくださいました。

教養とはこういうのをさすのでしょうね。

そのときには興奮していてあまりよくわからなかったのですが、

今じっくりと眺めてみると、だんだん意味がわかってきました。

ただこの夜には色紙を用意していなかったので、園芸雑誌に署名していただきました。

それもまたよし、この夜集まったのは園芸大好きな方たちばかりだったから。

後の場所では世話役3人組のかたがたの配慮で素敵な色紙が用意されていました。

また、横浜では人数が多いし、初対面のかたがたがほとんどなので

胸につけるネームカードも用意してくださいました。

署名8

1名飛び入りがあったのもこれでよくお分かりいただけますね。^^

いいこと尽くめのようですが、若干の反省点もあります。

4名の方が横浜のオフ会にこられなかったのです。

それがご本人たちのご都合だったのならいいのですが、

もしかして、出発前から舞い上がっていた私の手落ちで、

連絡にミスがあったためだとしたらまことに申し訳なかったと思います。

どこからも苦情は来ていませんが、少し気になっています。

でも、これが反省点のすべてだとすれば本当にすべてがうまく運んだと思います。

天候にも恵まれ、大寒の近辺だったにもかかわらず、あまり寒い思いをすることもなく、

小雨がちらついたのは銀座の事務所内で荷物の整理をしていたときだけ。

持参した折りたたみの傘は開かずじまいでした。

子供のころ、引越しが多くて幼馴染がいないし、

親戚とも密な付き合いがなく育ったため(その理由も今はよくわかります)

なんとなくいつも一抹の寂しさを持って生きてきた私でした。

でも、今回日本の行く先々で身にあまる歓迎を受けて心がほっこりしました。

こんな簡単な言葉で片付けてしまえるような感激の仕方では決してないのですが、うまく表現できません。

皆様本当にありがとうございました。

今日はやっといつもの語り口調で書いています。

この滞在記があまり感情的になることなく、事実をありのままにお伝えしたくて

これまでは簡潔な言葉遣いを心がけてきましたが、やはり私には今日のほうが似合っている気がします。^^

思いのほか長い滞在記になってしまい、この間に起こったこと

冬季オリンピックにも、サンレモ音楽祭にも触れませんでしたね。

でも、この滞在記を終えてしまわないと今回の大きなイベントも幕を閉じない気がしていたのでお許しください。

今日は3月8日、こちらでは「女性の日」です。

女性たちが自分たちのことを振り返る日。

男性たちが女性に感謝の意をこめてミモザの花を贈る日。

これからは私はこの日を以上のようにお伝えしていきます。

世界中の女性たちの幸福を祈って、

その女性たちとすべての男性たちが仲良く生きていけることを願って

我が家のミモザの花をささげます。

ミモザ

ミモザ3ミモザ4

そして今日から、また新たな夢に向かって

次回、また皆様にお目にかかれる日を願って生きてゆきます。

それはまた、私の祖国と会える日なのですね。

本当にありがとうございました。

08/03/2010 Keiko


さよならにっぽん

1月23日、東京の空は晴れ上がってホテルの部屋に明かりが差し込んでいた。

何時に目が覚めたのか覚えていないがビルの後ろから昇ってくる太陽をカメラに収めようと待っていた。

さよなら1さよなら2

ふと気がつくと、すぐ下のビルの屋上に日の丸が翻っていた。

少しセンチになっていたのだろう。その日の丸を何枚も写真に撮った。

さよなら3

和・洋・中華とそろった朝食コーナーでしっかりと腹ごしらえをして、

10時のチェックアウトぎりぎりに手続きを済ませた。

今日はいささか荷物が多い。

hitomiさんとまみるさんはそのことも配慮してこうして最後まで付き合ってくださるのだ。

実母の形見のゴルフバッグ。

実母はゴルフ仲間では有名なゴルフきちがいで、何度かホール・イン・ワンも果たし、

生涯ゴルフを唯一の楽しみに生きていたらしい。

自分はゴルフをしないのに、どうしてもそのクラブがほしかった。

それにトランクと機内持ち込み用の小型のバッグ。

まみるさんがゴルフバッグを、hitomiさんが小型のバッグを

そして私が自分のトランクを押してホテルを出た。

銀座ということでタクシーはすぐに捕まった。

予定では東京駅を11時3分に出発する成田エクスプレスで空港へ行くことになっている。

だが、東京駅に少し早くついたので1本前の電車に乗ることにした。

空港へも見送りに来て下さる方がおられるというので、早目に着くに越したことはない。

さよなら5 さよなら6

社内はまるで飛行機の中のようなつくり。

車窓から見えるなんでもない町並みも、妙に大切に見えてくる。

さよなら7

帰国したらイタリア人たちに日本の姿を理解してもらうためにこんな写真も必要だろうなどと

自分自身に言い聞かせながら撮ってはいたが、実際はただ名残惜しい気持ちがそうさせたのだと思う。

東京駅から成田空港まではノンストップ。

ただ空港に二つの駅があって、飛行機会社によって場所が違っている。

そのあたりもちゃんと調べておいたのに、いまや書きとめておいた書類も見つからず、

なんとなく覚えていた最終の駅で降りることにした。

それで正解だった。(ほっ)

アリタリアのカウンターを目指してどんどん進んでいくと

すでに今回私の帰国にあわせて一緒にイタリアへ行くことになっている友人母娘の姿があった。

さよなら9

すぐに彼女たちとチェックインをして、その手続きが終わったところへmilkyさんがやってきた。

彼女には今回の旅行で最初に成田まで迎えに来てもらい、

パジャマや歯ブラシまでそろえてもらって、実家に帰ったような接待を受けたのだった。

ガーデニングと猫が大好きという共通の趣味があって、

初めて会ったのにまるで幼馴染のように付き合ってもらった。

そういえば偶然にも同い年なのである。

彼女はうちのワンにゃんたちのためにおいしそうな缶詰やビーフジャーキーなどを持ってきてくれた。

手荷物用のバッグに若干の隙間があったので何とか収まったけれど、

実はこういう缶詰も本来はトランクに入れなければならないもののようで、

少しばかり寛容な係員さんのおかげで何とかイタリアまで持って帰ることができた。

さて、milkyさんも交えて思い出話をしているところにめいこさんがお着きになった。

なんとわざわざ埼玉県からこのために出てきてくださったのだ。

ありがたい思いと申し訳ない気持ちでいっぱい。

彼女とは2008年の秋にイタリアでご一緒したことがある。

私よりほんの少し先輩で、今も海外で日本語を教えることを生活のベースになさっている

活動的で明るい奥様。

次回はまたイタリアでの再会を約束した。

さよなら0

早めには着いたものの、ちょっとおしゃべりをしている間に時間は流れ、

そろそろゲートに向かわなければならない。

別れはつらい。

また今回は何かしら重要なイベントが幕を閉じるような寂しさもあいまって、

ついに何人かは目頭を押さえることになった。

また会えるのだからというその気持ちだけがわれわれを支えてくれていた。

また、幸いにも私には同行してくれる人が居たので、機内でもセンチにならずにすんだと思う。

午後3時に成田を飛び立ち北のほうへ向かうとすぐに夕暮れがやってきた。

さよなら10 さよなら11

これが私の最後の和食。(笑)

和食 2

さよなら12 さよなら20 さよなら14

なかなか終わらない長い夕暮れ、空の色の微妙な変化に感動しながら

ほぼ予定通り、われわれはローマの空港に降り立った。

すでに空港の前で待っていてくれたPaoloと陽介。

息子は12月14日から東南アジアへの旅行に出ていたので、なんと40日ぶりの再会なのだ。

こんなに長く離れていたのは彼が生まれて初めてのこと。

また少し大人になったかな?さよなら

この次は一緒に日本へ行こうね。


日本滞在最終日

いよいよ今日は日本滞在最後の日。

東京へ場所を移して、あしたの帰国に備えたい。

Hitomiさんのご主人はすでに退職されているが、時折依頼を請けてまだお仕事をなさるそうで、今朝も早くにご出勤。

またYukoさんも洋裁学校があるので、ご主人と一緒に家を出られた。

私を起こすまいと、まみるさんは静かに部屋を出られたけれど、

階下のざわつきに私も目が覚めてしまった。

よかった。でないともうhitomiさんのご主人にもYukoさんにもお目にかかれないのだから。

いつの日かhitomiさんと一緒にご主人もぜひイタリアにお越し願いたいものだ。

Yukoさんには今回、なんと滞在中にスカートを縫っていただいた。

このスカートがなかったらどうなっていただろうか?

というのも、やはり食べすぎとむくみのせいか
持ってきた洋服の多くがみなウエストがきつくて入らない状態だったのだ。

横浜の学校にお邪魔したときにサイズを測ってくださったYukoさんに、

思わず「どうしたの?」と聞かれるくらいに太っていたのだった。

今、そのスカートが少し腰から落ちるようになってきてほっとしている。(笑)

とにかく、その横浜で測っていただいてから数日後、19日の伊香保温泉で手渡してくださったのだ。

普段の授業もこなしながら、なんという仕事の速さ。

暖かな生地でできた、自分のサイズにぴったりのスカートがどんなにかありがたかった。

Yukoさん、本当にありがとう!

帰国後もずっとはかせてもらっているのよ。^^

さて、またしてもhitomiさんのお宅でのおいしい朝食、

めざしが食べたいという願いもかなえてくださった。(笑)

そろそろわれわれもお暇しなければならない。

まずは郵便局で3個の荷物の郵送の手続きをして、
その後トランクをつんで前橋駅へと向かった。

ここでハプニング。

前橋の先のほうで事故が起きたため、
のぼりの電車がいつ来るのか見当がつかないということ。

上越新幹線は別の路線なので支障はないということで、

hitomiさんが車で高崎まで行くことを決断なさった。

この日は新幹線の予約はしていなかったので、そういう意味ではあせることもなく

浅間山やらを眺めながらのドライブを楽しんだ。

東京についてホテルに直行した。まずは大きなトランクを預けたい。

今回も東銀座のホテル。ここは場所もいいし、何より安心感がある。

というのも、そのホテルのカードがなければエレベーターに乗ってもどこにもいけないのだ。

また、宿泊客も自分の階にしかいけないことになっている。

ホテルのカードをエレベーターの中の指定されたところにかざすと

やっと行き先の階のボタンが点灯するようになっているから。

部屋も清潔で、便利にできている。バスタブが大きめなのもうれしい。

加湿器や足のマッサージ器などもあってありがたい。

もちろんネットにも接続できる。

そのホテルの地下にちょっと高級感のある中華レストランがあり、

ランチメニューは手ごろな値段でいただける。

中華1 中華レストランとは思えない内装

中華2 まみるさん、いつ撮ったの?(笑)

お店の方の撮影。中華3

(写真は3枚ともまみるさんから拝借)

ちょっとした前菜と、スープと焼きそばに杏仁豆腐。

おいしかったぁ。幸せ。

ランチ ランチ3

ランチ4 ランチ2

ご飯のお代わりも自由だったけれど、とても入らなかった。

このあと、またまたわたしの希望で秋葉原にいき、何軒もの電気屋さんを見て回ったが、

最終的には布団乾燥機とデジタルの写真フレームを買ったのみ。

(その布団乾燥機も変圧器が手に入らずまだはこの中に入ったまま。)

家族に何かを買いたかったけれど、ここ数日話すチャンスがなく、

何を買っていいのやら見当がつかない。

自分の新しいカメラ用の付属品を買いたかったけれど、ネットでの下調べをするのを忘れていたし、ここまで来てつまらないものを、あまり安くもない値段で買ってしまっては沽券にかかわる?(笑)

とにかく気持ちばかりあせってしまって、みすみす時間を無駄にしたような後悔が残った。

ま、それもほんの少しの間だったけれど。

この最終日に関しては最後の最後まで予定が立てられなかった。

実母のことを取り仕切ってくれていた方に、もう一度会うことになっていたし、

その用件も書類関係のことが発生するかもしれないといわれていたから。

でも、そういうことはなく、夕方最後のお別れをするということにはなったが、

もしも一人で行くと引き止められそうだったので、
まみるさんとhitomiさんにもついてきてもらった。

その挨拶の後、やっと本当に開放された気分になった。

ホテルにチェックインのあと、夕方の銀座に繰り出した。

13日の夜にお台場へ行った帰りにホテルからさほど遠くないところにカニ料理の専門店があることをしっかりと頭に入れておいた。

日本でぜひとも食べたかったのがカニ料理。

イタリアでは海老はふんだんに食べられるが、
かには、特にタラバガニやズワイガニは望めない。

また、食べ方も、違う。

私はかにすきが食べたかった。

そこで、hitomiさんとまみるさんに聞いてみたら二人とも賛成してくれたので、

早速行ってみたところ、なんと満席で1時間ほどの待ち時間があった。

もう、ほかのものは考えられず、また銀座通りをホテルのほうに戻って、出直したのだった。

再度出直してからもかなり待たされたが、待った甲斐はあった。

かに1かに2かに3

かに4かに5かに6

かに8かに7かに9

刺身、直火焼き、カニシュウマイ、などなどの後にいよいよなべの登場。

なんとそのなべが私が覚えていた土鍋とは大違い。

いまやガスで煮るのではなく電磁調理器なので、紙のなべの底に金属を落として

そこで調理するので、そばに居てもさほど暑くもないし、清潔な印象だった。

この店は大阪の道頓堀に本店があって、昔何度か行った時の思い出も、

ぜひ、ここで食べてみたいと思わせた理由だと思っている。

とにかく大満足の最後の晩餐だった。

3人とも終始、笑い、飲み、また笑い食べていた。

こんなに楽しいときがまた来るだろうか。

この食事の間、私はほかのことは何も考えていなかった気がする。

ただここに居ることが幸せだった。

至福のときも、やがて終わりとなった。

でも心地よい余韻が体中に残っている。

ホテルにつくまでの間に3人とも何度「おいしかったねぇ」と繰り返したことか。

04/03/2010 Keiko


前橋にて

翌日は、hitomiさんまみるさんYukoさんの3人が一日中私の買い物に付き合ってくださった。

私はひとりでぶらぶらとして目に付いたものを買おうかと思っていたけれど、

いまや買い物は車で目的の店に行って、という形になってしまっているようで一人では身動きが取れないのだった。

それで、申し訳ないことに私のくだらない日用品の買い物に3人を一日中つき合わせてしまったのだ。

特にhitomiさんには車をあっちへ走らせ、こっちに戻りとご苦労をかけてしまいお礼の言葉もない。

この日は有名な上州の空っ風が吹き荒れていた。

ガーデンセンターで、土を買ってイタリアへ郵送したといったら皆さん笑われることだろう。

だが、本当の話。

ここ数年来、バーミキュライトを探しているが、イタリアではどこにも見当たらない。

園芸店だけでなく、建築資材やさんなどにも問い合わせてみたがどこにもない。

それが目の前にあるのだから我慢ができなかった。

日本では安いこういうものも、輸送費をあわせるとそこそこの値にはなってしまうけれど、背に腹は変えられない。

パーライトは一度だけ、生産農家に少し分けてもらったことがあるが、

やはりこれも、コンテナ一個分というような量でないと一般には手に入らない。

そこで、バーミキュライトとパーライトをふた袋ずつ買って、翌日郵便局から郵送した。

すでに無事に荷物は着いていて、庭仕事を開始した私の宝物になっている。(笑)

もうひとつ特にうれしかったのは、履物やさんでぞうりを新調したこと。

少しだんびろの普段履きがほしかったのだ。

日本から持ってきたものを敵のようにはいているから、やはり替えがほしかった。

最近はそんなに着物を着る機会はないが、今回実母の形見に少し着物を受け取ったので、

また機会があれば着てみたいと思う。

昔ながらのぞうりと下駄のみを扱うお店で、好みの台に鼻緒をつけてもらい、

運良く素敵な色足袋も見つかって大満足。

hitomiさんちに帰りついてすぐに荷物のこしらえを始めてしばし途方にくれた。

何とまぁいろんなものを買ったことか!

スーパーで納豆まで買ってしまった。(笑)

そういうものは手荷物にして持って帰らないといけない。

日持ちのするもの、日用品などをhitomiさんにいただいた段ボール箱3つにようやく詰め込むことができた。

最後の箱にテープを貼っているころ、hitomiさんの妹さんのご一家がおつきになった。

今夜はhitomiさんちで、親族総出での夕食ということになっている。

なんとうれしいことだろう。

もしも、hitomiさんのお父様がご健在だったなら、たくさんの人に囲まれて

喜んでくださったのではないかと思うと残念だ。

もちろん実際には、介護を必要となさっていたお体なので、

お父様がご健在だったら、hitomiさんちにお邪魔することもなかったかと思うけれど。

妹さんのご主人はそばを打つのが趣味だそうで、今夜も打ち立てのそばを持ってきてくださった。

丁度いい時間にいただかないと味が落ちるのだそうで、夕食時に合わせて打ってきてくださったのだ。

つゆもご自分でおつくりになる。

なんと!

このそばのおいしかったこと!

私は関西の人間なので、どちらかというとそばよりうどんのほうをよく食べるが、

そばも大好き。

暑い日のざるそばはたまらない。

今夜もしっかりとざるそばをいただいた。

このそばのおいしさをうまく表現できない自分が恨めしい。

麺の程よい腰のつよさといい、さっぱりとしたのど越しといい、

こんなにおいしいそばを食べたのはいったい何十年ぶりだろうか。

素人の域ははるかに超えたおいしさだ。

つゆも最高!

台所に押しかけていって蕎麦湯もいただいた。(笑)

また、私のためにいつもスタンバイしていてくださったhitomiさんがいつの間に支度なさったのかおいしいお肉のたたきや、手作りの伊達巻なども出てきてびっくり仰天。

お姉さまが用意してくださったてんぷらも最高の味だった。

おなかがはちきれそうなのにいくらでも食べたい。

実際この夜はよく食べたと思う。横になったときに苦しいほどだった。(笑)

妹さんご夫妻には「姫」と呼ばれている二人のかわいいお嬢さんたちがおられ、

長女の方は、この3月にめでたくご結婚の運びとなった。

東京へ嫁がれてしまわれるけれど、今や東京と前橋なんてあっという間だ。

数年後にはかわいい赤ちゃんの顔も見られることだろう。

何十年もの間ご両親の介護に尽くされてきたhitomiさん、

これからはうんと楽しいことが続きますように。

今回は写真が一枚もない。

買い物はいいとして、

なぜhitomiさんのご親戚の皆さんと記念撮影をしなかったのだろうかとずっと悔やんでいる。

4人が4人とも、写真のことをすっかり忘れていたのだ。

それほどに家族団らんの気分に浸っていたということだろうか。

若々しい妹さんご夫妻に美しいお嬢さんたち。

見た目もきれいな料理が食卓にいっぱい広がっていたところも

今やわれわれの脳裏にのみ残っている。

28/02/2010 Keiko


水沢うどんなど

抜けるような空の下、hitomiさんの運転で水沢と呼ばれるあたりへ降りていく。

今日はそのあたりで有名な「水沢うどん」で昼食と決めている。

だがまだ早い、午前中に「おもちゃと人形 自動車博物館」へ行こう。

hitomiさんは人形を手作りなさっているし、私の母も昔京人形を作っていたことがある。

私は木目込み人形ぐらいしか作ったことはないけれど、

一人っ子の私は小さいときからたくさんの人形たちと暮らしてきた。

人形大好き!

いちまさん(市松人形)フランス人形、ぬいぐるみ、なんでもこい。

入り口 入り口
ダッコちゃん 懐かしい!

人形1 雛人形 かなり昔のもの

またここでも、昭和の風景が再現されており、
たくさんの「あのころのアイドル」たちの写真があって懐かしかった。

そして、建物の半分以上は車の博物館で占められていた。

欧米のクラシックカーを集めたところはあちこちにあるだろうが、

ここには国産車のクラシックカーというのだろうか、ふた世代ほど昔の車がたくさん並んでいて興味深かった。

ここには2枚だけ写真を載せるが、なんと数えてみたら65枚も写真を撮っていた。

1車種1枚、しかも全ての車を撮ったわけではないからいかにたくさんの車が収容されていることか!

車1 車3

目には楽しいが、そろそろ足も疲れてきたので次なる場所へと移動することにした。

途中で、骨董品やさんの看板が目に入ったので、ちょこっと覗いてみることに。

おわんのセットでもあればほしいと思っていたが、あいにくそういうものはなく、

着物のはぎれがあったので、hitomiさんと私はそのはぎれを買った。

そうこうするうちにおなかがすいてきたので、予定通り「水沢うどん」を食べることにした。

昨日、さっと立ち寄った「水沢観音」の近くにうどん屋さんが並んでいる。

水沢うどんは腰が強くて有名。

でも、あまり太くはないので、しこしこしていながらも食べやすかった。

外に出ると駐車場の脇になぜかポストがたくさん並んでいた。ポスト

さて、すぐ近くの、と思ったけれど町は水沢から榛名に変わっている。

そこに、つり雛ではギネスブックに認定された3000ものつり雛のある「地球屋」さんへ。

私はつり雛に関してはまったく何も知らなかったので驚いた。

こういう雛がたいそう人気があるということ自体に驚いたのでもある。

ギネス登録のつり雛ギネス登録のつり雛

(写真はまみるさん撮影)

せっかくなので、幸運を呼ぶといわれる自分の干支のつり雛と、

愛称のいい干支、それは真向かいの干支だということで、私が「羊」だから真向かいは「丑」

その二つ(2本)のつり雛を一緒にトンボだまでとめてもらって記念にした。

一角にはクッキーを売るコーナーがあり、何がしかを買うとコーヒーのサービスがあった。

丁度昼食の後でコーヒーが飲みたかったところだった。

奥のほうには着物の古着のコーナーがあって、
時間があればいくらでも掘り出し物が見つかりそうだった。

昔、着物の企画をしていたころ、やっとそういう店が出始めたころで、まだまだまれにしか見かけなかったが、最近はインターネットでも販売しているところがあって、目線を変えれば着物がまた生活に密着してきたといううれしい現象だ。

ここでは夫と息子に絞りの兵児帯を買った。二人とも浴衣が大好きだから。

また、ここには辻村寿三郎さんの人形も並んでいて、

人形に関しては、先の博物館より楽しかった。(笑)

次なる目的地は「卯三郎こけし」

こけし1 熟練した職人さんが、

特別にわれわれ4人のためだけに仕事を見せて説明してくださった。

こけし2 ほのぼのとしたこけしが多い。

こけし3 卯三郎さんはなくなられたが、

婦人は94歳の今もこうして絵付けをしたり、時には販売の手伝いなどもなさっていた。

またここでも特別に、2階の展示室を開けてくださって、

古いこけしや珍しい作家物などを見せていただくことができた。

どこへ行っても私以外の3人の誰かが、私がイタリアから来たと言う。

するとみんなが「ほう」と驚き、ずいぶん遠くから来たのだからと親切にしてくださった。

それもイタリアに対する好印象のおかげか。

同じ外国に住んでいるといっても、その国によって印象はさまざまだろう。

ただ遠い国、政情不安な国、発展途上国、などという条件の国ではこれほどまでの歓迎は受けなかったのではないかと思う。

世界遺産の多い国、歴史や文化の根の深い国、できれば一度は行ってみたい国・・・

みなが、そういう想いを持ってイタリアという国を捉えておられる気がする。

好きな国に住めて幸せ。さらにその国が母国の民に好かれているという幸運。

本当にありがたいことだ。

そしてそれはイタリアにおいても同じ。

最近は一目で日本人だとわかってくれることが多くなったが、

日本以外のアジアの国かと聞かれ、「日本人だ。」と答えるとイタリア人の態度もさらに好意的に変化する。

それは日本に対する憧れや、尊敬の証。

こういう対日感情のいいところに住めたということも幸運以外の何ものでもない。

ここでもこけしを始め、木彫りのおわんやスプーンやその他いろいろのお土産を買って

こけし4

最後にはこんな写真までとって、その場をあとにした。

さて、今夜はhitomiさんのお宅にご厄介になることになっている。

古いうちだからとたいそう気にしておられるようだが、

もしも本当に古いお宅なら、だからこそぜひお邪魔してみたいものだ。

縁側や、障子のある家がどんどん少なくなっているらしいから。

先日チラッとだけお顔を拝見したご主人様や、
hitomiさんとは双子のようだといわれているお姉さまにもお目にかかれる。

こうしてお互いの家族を知って、さらに交友は深まっていく。

ろくに友達のいなかった私、今はすぐには数え切れないほどの友達がいる。

臆さずにインターネットにHPを公開してよかったと思えるときである。

 Keiko