さわりだけ

過日YukoさんとFumone 市にあるレストランへ行った時の写真が私のカメラ内に残っていたのでちょこっと紹介しておきますね。

Yukoさんのblogでの紹介は結構先の話になると思いますので・・・^^

前菜

魚が食べられるということで出かけた山の上の町?(笑)

前菜にはシーフードの盛り合わせ。
なんとタニシが出てきました。で、とってもおいしかったです。爪楊枝でホジホジして食べました。^^

白いのは詰め物をしたイカ。そのとなりはごく小さなモンゴウイカとグリーンピースの煮たもの。トマトが入っていなければ和食と見まごうばかり。

ムール貝のソテーとシーフードサラダの盛り合わせ。

以上が一人前の前菜でした。Yukoさんは極めて小食だし、私もこのところすごい勢いで太っているし、胃の調子も少し悪いのでこの日はすべてを一人前だけとって分けることにしました。

シーフードサラダの盛り合わせに関しては作りおきのものでさほど感激しませんでしたが、その他のものはとってもおいしかったです。

ニョッキ

プリモはニョッキのエビソース和え。合格点です。ニョッキが小さめで、サクッとしていて美味しかったし海老のソースも満点でした。

タイ

セコンドはタイの包み焼きシーフード添。

これも絶品でした。タイは新鮮で、包み焼きなので旨味が残っていて味付けも繊細でした。

一人分

付け合せの野菜と共に取り分けたところ。

 

チコーリア

付け合せはチコーリアのソテー(先にゆでたものですが、自分では直接ソテーにします。そのほうが風味が残って美味しいから)

 

ソルベット

デザートにはレモンのシャーベットにリモンチェッロをかけたもの。手作りで柔らかくて美味しかったぁ。

この日のワインはグレコ・ディ・トゥフォ、白では一番好きなワインかも。

二人で

本当に山の上なんですよぉ、ご覧のとおり。

で、さわやかな風がずっと吹いていてとっても気持ちよかったです。

Yuko

結婚式などにも使うレストランなので庭が広く、よく手入れされていました。

滝の前で

この後ろには週末のみ滝が流れるそうです。

ツーショット

若い美男を逃さないYukoさん。^^

この後併設されているホテルの部屋も案内してもらいました。
そのホテルのスイートルームは「TOKIO」と「New York」という名がついていました。

この後、隣の県の大型スーパーで買い物をして我が家へ。

オットと オットにマッサージされているYukoさん。

私は台所にいます。

夕食

そのスーパーにきれいなマグロがあったので買ってきました。
魚売り場の方が「これは生で食べられますよ。」とおっしゃるので
「そうですよ。」と答えたら変な顔をしていました。(笑)

でもわさびじゃなくて生姜醤油で頂きたかったのでさっと炙りました。Paoloは生のほうが良かったのにと言っていましたが。

あとはYukoさんの好物のグリーンアスパラ、残念ながら我が家で採れたのではありません。

Yukoさんがおみやげに持ってきてくれた明太子で米粉で出来た春雨を和えました。パスタよりあっさり軽めでPaoloにも好評でした。

他にはウイキョウ(Yukoさんが召し上がったことがないというので前日サラダで頂きました。)の薄切りの上にタコのカルパッチョとモッツァレラチーズ、黄色くて丸いのはメロンです。

夜のワインはこの地方特産のパッセリーナワイン。さっぱりしています。

Paoloの帰宅が遅かったので食事が終わったら10時半を回っていました。

さよならアルナルド

昨日はPaoloの叔父、Alnardoのお葬式でした。

享年74歳、今どきにしては少し早いほうかもしれませんが酒豪だった彼はそれにふさわしい病気をひっ抱え晩年はかなり苦しんでいたようで家族にも心構えができていたし、何より苦痛から開放されて安らかに横たわるAlnardoを見て家族も苦痛から開放された感があり、穏やかな葬儀となりました。

混雑がなければ車で1時間ちょっとのところに住んでいるせいかかえって普段は行き来がなく、私が彼に出会ったのはお嬢さんの婚礼の時以来。だから私自身は苦しんでいるところを見ずにすみました。

遺影がおもいっきり微笑んでいたのにも救われました。

こちらではまだ土葬が主ですが、最近は火葬も増えてきて昨日も教会での葬儀の後、ローマの墓地の火葬場まで送ってきました。こちらでは装置のせいかどうか、待っていてすぐに火葬がなされるのではなく数日かかるらしいのです。そこで、お骨が家に戻った時に再会することにして墓地で皆と別れました。

その後は久々にPaoloとカステルガンドルフォ湖のほとりで昼食をとり、すぐ前の浜辺で午後を過しました。

この時期とても忙しいPaoloも葬儀のために休暇をとり、いつも出かけるにはスクーターで行く彼もさすがに葬儀には私を後ろに乗せてスクーターでというわけには行かず私の車で出かけたこともあって、スクーターだと夕方早くに家路につかないと暗くなると危ないのと、とっても寒くなるのでいつも夕暮れの素敵な時間を満喫できなかったのですが、昨日は車ということで夕陽がすっかり山の向こうに隠れてしまうまで数人の人達と、かもの一家とともに過ごしたのでした。

2014-08-19 paperelago

心身ともにこんなに安らかな時を過ごしたのは本当に久しぶりで、きっとAlnardoからの贈り物だわねと言いながら楽しく過しました。

 

 

停電でした

今朝、10時半ごろ突然停電しました。
そのあとPaologが近所のBarで聴いてきたところによると午後の3時半までの予定だそうで、
そうなると我が家は水が出ないので昼食のしたくもできないからと、久々にスク-ターで出かけました。
私は水も電気もなくても庭の草引きぐらいはできると思いましたが、
たまにはPaoloにもお付き合いしないとね。

彼は2輪車で出かけることが大すきで、わたしも一緒だとなおうれしいらしいです。
私は正直言ってあまり好きではない(寒いし、こける心配もあるし)のですが、
いつも断ってばかりではかわいげがないですよね。
お互いの趣味に付き合うのも同居人としての礼儀かと・・・(笑)

陽介にはメッセージを送り、昼食さきのトラットリーアで落ち合うことにしました。

トラットリーアというよりターボラカルダでした。
つまり、出来上がったいろんな料理が並んでいて粋なものをセルフでとっていただくのです。
あ、日本ではビュッフェと言うんだっけ?(笑)
で、最後のデザートだけ運んできてくれました。

われわれはちょっと遅くに行ったのでパスタ類もさめていましたが、みなおいしかったです。
一人頭10エウロという値段にしては充分満足いくものでした。
しかも今日は金曜日だったので魚系のメニューで大当たり!
アサリのスパや、イカのリングフライや、いくつかの魚料理や魚介類のサラダなどなど・・・

このあたりでは大き目のAnagniという町にあります。
近くにお勤めの方々で満員でした。

ということで、停電のおかげで?(笑)久しぶりに親子そろっての外食となりました。
最近は私がゴルフで昼食時にいないことが多いのです。
準備だけしておいて、あるいは料理を作ってお給仕して自分は食べずに出かけるというパターンで・・・
遅くても午後2時にはつかないとワンラウンド回りきれませんからね。^^

親子喧嘩も夫婦喧嘩もなく穏やかな昼食でした。(笑)

小さな一人旅、Gubbioへ

おそらくこれまで一番遠くへ一人で車を運転して行ったのはソレントまでで、距離にして約210kmあまり。
今回のGubbioへの旅はそれを少し上回って、250kmあまり。
うまくいけば、約3時間ほどのドライブ。
高速道路を走りながら行き先の確認をするのは結構疲れるものだが、今やカーナビというものがあり、それを頼りに出発する。

ただこの日は水曜日で、週に1回の指圧の日。
1度抜けると2週間間があくので、今回も指圧をしてその足で目的地に向かうことにした。
すると施療中にひどいこむら返りが起こり、もちろん指圧でそれを収めてはくれたけれど、
ちょうど指圧師のマルコの目の前で起こったのでいくつかの忠告を受けることができた。
まず、ミネラル分の不足。
出発前に薬局へ立ち寄って、ミネラルとビタミンが入ったものを飲む(買う)ようにとのこと。
そして、履物はぺったんこではなく、4センチぐらいのヒールのあるものを履くようにとのこと。
私の足は結構土踏まずが深いので、平らなものばかりではいけないらしい。
そういえば昔からモカシン靴などを履くとこむら返りがおきたっけ。
ついつい足の疲れのことを思ってこのところヒールのほとんどないものをはいていたけれど、何事も程度問題であると思い知らされた。
3つめはもちろんもっと柔軟運動をすること!
「はいはい。」

薬局ではイタリアに多い、水に溶かして飲むラムネのような薬をもらい、
その場でひとつ飲んで、さあいよいよ出発!

我が家から「太陽の高速道路」をオルテまで北上し、
そこからペルージャ方面の高速に乗り換えて、
というところまではすでに頭に入っていたのだが、
ペルージャに着けば、Gubbio(グッビオ)の表示が見えるかと思っていたら甘かった。
高速道路上にはGubbioの名は見当たらず、Foligno(フォリーニョ)方面へ
若干戻るようにとっていかなければならなかったのにそれを知らずに
何度か同じ区間を行きつ戻りつしてやっと正しい道路に入った。

カーナビをまだ使い慣れていないので、高速の分岐点は手前とその先との距離感がつかめず、こういうことになってしまった。
もっと事前に道路の情報を頭に入れておくべきだったと後悔。
ここで15分ほど時間をロスしてしまった。

カーナビには予想到着時間も出るけれど、20時30分の到着が20時46分になっていた。
それでもまだ明るいうちにつけるのはありがたい。

Gubbioの町の入り口で車を止めて、道ゆく人にホテルの場所を聞いた。
カーナビにももちろんホテルの在所は入っているけれど、
一方通行や、進入禁止などの情報がどの程度正確なのか見当がつかないので、
ここからはクチナビに切り替えた。(笑)

こちらの古い町は城壁で囲まれており、その旧市街地には
住民だけしか車を持ち込めないけれど、
今回のようにホテルが城壁内にある場合は、荷物の関係そこまでは行くことができる。
そして、チェックインの後は車を城壁外の駐車場へ移さなければならない。

ホテルは一番大きな広場(ピアッツァ・グランデ)に面していた。
そこに飛び込み、まずはトイレ。
高速に入って間もないころに一度止まったきりでがまんを続けていたから。
トイレから出てくると、連絡を受けたYukoさんとReikoさんが降りてきてくれていた。
彼女たちの大きなトランクも、私が持っていたし、
何より「ようこそ!」と迎えてくれたのだった。

ホテルの方と、彼女たちに荷物のことは任せて私は城壁外の駐車場へ行った。
「いきはよいよい・・・・・」という歌があるけれど、
車で行けば数分の道のりを戻ってくるのは結構遠かった。
きれいな町並みだから退屈はしないけれど、こんなことならカメラだけは持ってくればよかったと思った。

そろそろ薄暗くなりかけたころ、ホテルに着いたら玄関でReikoさんが待っていてくれて、
「Yukoさんは屋上で待機しているから」と言う。

ああ、ここは屋上にレストランがあるのだなと思ってReikoさんについて上がっていくと
Yukoさんの姿しか見えない。
いや、テーブルの準備ができているのはわれわれのテーブルだけ。
貸しきり状態。
「へぇー、なんだか申し訳ないわねぇ」などといいながらテーブルについてようやく意味がわかった。

ガーデンテーブルの上には彼女たちが食料品やさんで調達してきたお惣菜と、
赤ワインがのっていたのだ。
つまり手作りの晩餐。ホテルで?
さすがは旅なれたYukoさん達。
私には思いも付かないサプライズだった。

もちろん、ちゃんとホテルにも断ってあるらしい。
私の気の小さいことを知るYukoさんはその辺も心得ていて安心させてくれた。^^

「ここからの眺めがあまりにも素敵なので・・・」と言うお二人。

鐘楼

まさにその通り!
正面にはこの鐘楼が、眼下にはかわいいこんな景色が広がっているのだから。

ふもとの町並み

そのうち月も上がり、われわれは3人だけで素敵な場所を独占し、
おそらくイタリアならではの楽しい夕餉をともにしたのでした。

昼間は30度を越すよう気も夜になると涼しくて、
Yukoさんも私も大判のスカーフで身を包んだ。

三日月  
Y&KR&K
ウンブリアは料理の美味しいところなので、あれを食べようこれを食べようと考えていたのでお昼をほとんど食べなかった私。
そして夕食が9時半をまわっていた(と思う)もでかなりおなかがすいていたけれど、
おそらく長旅の後、こういう軽い食事は明日からのためにはとてもよい選択だったのかもしれない。

でも・・・・

それだけでは収まらず、食後酒を飲みに、近くのBarへ繰り出した。
静まり返った町に、よく探すと何軒か遅くまで営業しているBarがある。
屋外の席に座って、(夏はみんなそうする)
Reikoさんはアマレーナというアマーロ(薬草酒)
Yukoさんと私は皆さんよくご存知のリモンチェッロ。
こういうものを頼むと、何も言わなくても軽いおつまみを持ってきてくれる。
ポテトチップやら、ピーナツやら・・・

Barではラジオが鳴っていて、音楽が流れていた。
「ルパン3世」のテーマソングが流れたときにはほかの客たちが
われわれのほうを向いて合図を送ってくれた。(笑)
「ルパン3世」が日本のアニメだと言うことをみんな知っているし、
Fiat500にのっている「ルパン3世」のことをみんな大好きだから。
もちろんこのテーマソングはイタリア製なのだけれど。^^


続いては、

YukoとReikoさんはアイスクリーム、私はちょっぴりのアイスにウイスキーをかけたもの。

さらに・・・

Yukoさんと私はドイツ製のアマーロ(薬草酒)を注文した。
あいにくYukoさんの口には合わなかったけれど。

ふだんはこういう強い食後酒はほとんど飲まない。
情けないことに翌日頭痛に見舞われるから。
でも、外で友人たちとわいわいやって、ホテルまで坂道を登って返ってきたせいか、
翌日に残ることもなく楽しい夜の散策だった。