新兵器

イギリス人で、長くイタリアに住む友人が始めて我が家にやってきました。
手土産というにはあまりにもすばらしい新兵器を持って。



これ、持ち運び可能なマッサージ器です。
写真では普通のいすに取り付けて、PCを使っている間にも使っていましたが、
先にソファで試した時の方が効果的でした。

また、床に置いて、足のマッサージにも使うことができます。
20分経つと勝手に電源が切れるので、
つまりベッドに持っていって、そのまま眠ることも可能です。(わーい)

かなりいい感じです。
大昔、日本にいた頃、いまだ子供だったころ銭湯にこういう器械がありました。
イタリアにもそういうタイプのがありますが、
数十万円もする上に場所をとるので手が出ませんでしたが、
これは300エウロ、今の換算だと35000円ぐらいです。
しかも持ち運びができるというのがいいですよね。

電源を確保できれば車にだって持ち込めそう。
最高級車じゃなくても運転しながらマッサージが楽しめる?(笑)

彼女は今夜これを置いていってくれました。
彼女が買った店にまだ在庫があるかどうか尋ねたら、大丈夫だとのこと。
つまりこれは私のものとなり、彼女には代金を払って新しいのを買ってもらうようにしました。^^

足のマッサージをしていたら体がぽかぽかしてきました。
ちの循環がよくなったのでしょう。
これで私のこむら返りもよくなるかな?^^

大失敗

2005年以来、ずっと指圧をしてくれていたマルコの奥様は刺青師サンなのです。
美大を出て刺青に興味を持って・・・
こちらの方は日本人の常識では測れません。^^

その彼女が長い修行時代を経てやっと独立なさって
自分のスタジオを構えたのでそこの開店祝いに招待されました。

私自身は刺青をしようなどとは夢にも思わないし、
息子がやってみたいといったときにも反対して懇々と言い聞かせたぐらいなのですが、
イタリア人にはわれわれ日本人が刺青に対して抱く悪いイメージはないようで、
だからこそ息子を説得するのも結構大変でした。

でも、刺青をアートとしてみるとやはりできのいいの、悪いのがあって、
上手なのは見ていてもきれいだなぁと思います。

かねがねマルコの刺青を見ていたので奥様の腕の良さは知っていましたが、
今日、スタジオにお邪魔してセンスの良さを確認したように思います。

18時ということだったので、18時5分につきましたがドアが閉まっていて
ノブを引くと奥からクリスティーナ(マルコの奥様)が出てきてドアを開けてくれました。

イタリア時間だから私は早くつきすぎたのかしら?
それにしてもマルコの姿も見えないし・・・

とりあえずクリスティーナが私が以前プレゼントした浮世絵のカレンダーを切り抜いて
ガラスのテーブルに利用しているところを見せてくれたり、
頼まれて書いて差し上げた漢字などの話をしていました。

それにしても一向に誰も姿を見せません。

「で、いつから営業しているの?」と聞いたら
「火曜日からよ。開店祝いは土曜日にしたんだけれど。」というではありませんか。

土曜日の18時、
私はてっきり18日の土曜日の18時だと思っていたのに、
1週間遅れでお祝いに駆けつけたのでした。

ああ、なんということ!
楽しみにしていたのに。
マルコも「Keikoが主賓なんだからね。」と何度も言ってくれていたのに・・・・

クリスティーナは笑って、「もう一人の友人も同じように思っていたのよ。」と
助け船を出してくれましたが、その友人とやらの姿はなかったので、
きっとわたしの体裁を繕ってくれたのでしょう。

庭に咲いている花たちを目いっぱい使って大きめのアレンジをお持ちしたら、
「Keikoは絵を描くの?」と聞かれて「落書きだけれど。」とこたえると、
「このアレンジに表れているから。」なんてうれしいことを言ってくれたのでした。

そういう優しい気遣いのできるクリスティーナ、
きっと彼女のスタジオはきれいな刺青と優しいオーナーで人気が出ることでしょう。

それにしても大失敗の巻きでした。(笑)

成人したから・・・

18歳で成人のここイタリア。
日本では成人と聞くと飲酒や喫煙の許可というイメージですが、
イタリアではなんといっても普通自動車の運転免許が取れることと、
選挙権を得ることでしょうか?

今日はイタリアで国民投票が行われました。
原子力発電に賛成か反対かというものです。

しかも投票の仕方が、
原子力発電に反対の方は「Si=Yes」
賛成の方は「No]と答えるといういもので、中には勘違いなさる方もいるのではないかなと思います。

この話はかなり以前から持ち上がっていたことですが、
日本での事故のことが大きな影響を与えたものと思われます。
まだ、明日も投票が続くので、結果はわかりません。

とにかく!
陽介が生まれて初めて投票に行ってきました。
父親と二人で行ったようです。
海から帰ってきて疲れていたでしょうに、懸案も興味深いものだったし、
生徒会の運動などもしていて、いろいろと世相について考えているようです。

またひとつ、大人になったと自覚したことでしょう。

ヴィンチェンツァのリモンチェッロ

お隣のエリオさんの奥様、ヴィンチェンツァが5月13日に亡くなっていたのでした。
お隣といっても、エリオさんが来るのは昼間、畑の手入れをするためだけで、
ご自宅は山の上の町にあります。

だからお隣といっても、普通のお隣とは違い、お付き合いの度合いもそんなに深くはないのですが、
復活祭ややクリスマスには彼女の手作りのトルタをいただいたり、
こちらからはわが庭の花で作ったテーブルセンターや、クリスマスのリースなどを差し上げたりしていたのでした。

数年前から体調が悪く、歩くのもやっとという状態でしたが、腎臓透析なさっていたことも知らず、
様態が悪くなっていたことも何も知らずにおりました。

エリオさんはわたしの体調も気遣ってくださっていて、おそらくそのために奥様のことを何もお話にならなかったのでしょう。
もうすぐ1ヶ月になるという今日、ひょんなことからそのことを知ったのでした。

私はゴルフ場にいたのですが、話を聞いたPaoloから携帯にメールが入っていて、
プレーを終えた時に知りました。

帰宅してすぐに庭に咲いていた花で小さな花束を作って山の上の町へエリオさんを訪ねました。
どうして言ってくれなかったのか、水臭いとけりを入れに行ったのです。(笑)

あいにくエリオさんはお留守で、娘さんとそのお譲ちゃんが宿題をしているところでした。

ひとしきり思い出話をして娘さんが「ああ、そうだ」と思い出してリモンチェッロの小瓶を持ってきました。
なんと、亡くなる少しまえにヴィンチェンツァがつくったリモンチェッロでした。

洋裁や料理や、何でもこなす典型的なよくできたイタリアの奥様でした。

次女の方が結婚後も同居していたのですが、(上でお嬢さんと言ったのはその方です)
料理だけはいつもヴィンチェンツァがしていたそうで、
今でも時々「お母さん、ここには何を入れるんだったっけ?」と問いかけてしまうそうです。


今夜、そのリモンチェッロをいただきました。
今まで飲んだどんなリモンチェッロよりおいしかった。