オフ会を終えて

10月18日にVeneziaからイタリア入りされた日本の皆様方のほとんどが帰国されてしまい、事実上2回目のイタリアオフ会も終わったという感じです。

まだYukoさんとめいこさんが残っておられますが、今日からお二人は南イタリアもアマルフィーやカプリに向けて出発され、先ほど無事に着いたとの連絡をいただきました。

旅なれたお二人のことなのであまり心配もしていませんが、天候が思わしくないのがお気の毒です。
特に南イタリアは明るい日差しの元でこそ、その価値があるというのに。

さて、普段の生活にもどったはずの私ですが、なんだか放心状態で(笑)しかも天気が悪くて庭仕事もできず、家の中でテレビを見ているといつの間にかうとうと・・・今日という日がなかったかのようです。

写真の整理をして、忘れないうちにオフ会の話をまとめて皆さんにも聞いていただきたいのに建設的なことが何一つ手につかず、PCの前にいながらスパイダーで遊んでばかり。

しかも、昨年修理したばかりのばバルコニーからつまり、PC室の天井から雨漏りがするではありませんか!なんということ!  これでは気が沈んでしまいます。日本から持ってきていただいたおいしいものを食べて、気分転換することにしましょう。^^

中休み

Yukoさんたち本体はVeneziaのあと、Firenzeへ汽車で移動し、
Firenzeで2泊したあと、車でAssisiを経由して、わが町ローマ県下のSegni(セーニ)に来られます。

つまり私はVeneziaから帰って、3日3晩の中休みということなんですが、
何しろ一人では初めての汽車のたびで、前回エウロスターに乗ったのは、20年以上も昔のことでして、家に着いてみると一気に疲れが出てしまいました。

Veneziaで帰りの汽車に間に合うようにと早足で歩いたのと、そのときに汗をかいて風邪をひいてしまったようで、この3日間に庭も家の中も、普段より うんときれいにして皆様をお待ちしなければと思っていたのに、結局ほとんどそういうことはできず、Assisiへ同行しようと思っていたのに、それもなら ずに終わってしまいました。

Segniでの初日はうちへ皆様が来てくださるので、そのためのささやかな準備に、ラザーニアでも作ろうかと前日から料理を始めました。
何しろ普段は3人前の料理、ちょっと友達が来ても5、6人分の料理を作るのが精一杯ですから、今回のように、たくさん(FirenzeからはYukoさん の従姉妹とそのお嬢さんとがさらに加わって、総勢7名。プラスうちの家族とで10人分)の食事を作ることなどめったにないので、気取らないメンバーだとは わかっていても、メインのラザーニアだけは結構手間がかかるので前日に調理しました。
特にラザーニアは翌日のほうが味がなじんでおいしくなるのです。(笑)

食べ盛りの息子は一人で3人前ぐらい平らげるのは目に見えているので、そんなにたくさん仕込む容器もなく、今回初めてアルミホイルの容器を使ってみました。
天火の料理では、こびりつくことが多いので、結構一般的にこのアルミホイルの容器は使われているようですが、妙なところが昔かたぎの私は今まで使ったことがなかったのです。 

FirenzeのYukoさんから電話が入り、皆様が元気で楽しんでおられるという報告を受けました。
ドゥオーモのクーポラに上ったり、ミケランジェロ広場という丘の上に行ったり、どうかこの辺りは参加者それぞれの旅行記をご覧になってください。

10月23日、Paoloは朝早く起きてFirenzeへ向かいました。
当初、電車とバスで、Assisiを経由という話も出ていましたが、大きなトランクを抱え、そういう公共の交通機関を乗り継いでというのは熟女たちにはちょっと荷の重い話で、Paoloが仕事半分でお迎えに行くことになったのです。

前回のオフ会のときは、ちょうど長期の出張が重なっていて、パオロと皆さんとは一晩軽い夕食をご一緒しただけに終わっていたので、今回は参加者もPaoloも楽しみにしていたのでした。

AssisiからさらにSpoletoにも回って、夜の8時半過ぎに皆様はSegniのホテルに到着なさいました。
部屋割りのあと、それぞれが部屋に荷物を運び込み、そのあと、再会と初対面の乾杯をしました。


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確か今回も夜に弱いまみるさんとhitomiさん、そしてYukoさんの従姉妹の篤子さんとお嬢さんの恵さんは一足先に部屋に引き上げられたように覚えています。
(すでに記憶があいまいになってきています)

残り組みもそんなに長くは残っていませんでした。
何しろ5時おきで、長距離を運転してきたパオロもかなり疲れていたからです。
しかも翌日も朝早くからローマへ迎えに行き、そのかたがたをソレントの先のポジターノまで送っていく仕事が入っていたので、赤ワインのボトルが空になったのを潮にお開きにしたのでした。

さて、明日は皆様がうちに来てくださいます。
私にとっては一番楽しみでもあり緊張するオフ会の山場です。(笑)


12月12日追記
23_2.jpgまみるさんから送っていただいた写真にこんなのがありました。
これは、Paoloが正当なワインの試飲の仕方を実演しているところです。
トスカーナで覚えてきたことを面白おかしく説明してくれました。
彼は根っからのガイドです。
人を喜ばせるのが大好き。

Paolo has fallen in love.

5匹の子猫が少しずつ大きくなってきたある日、「2匹はローマの知人が欲しがってるんだ。」とパオロ。「あそう、それにエビータが1匹欲しいって言ってるからこれで問題解決ね。」と私。P:「なに言ってるの?あと2匹いるじゃない。」K:「2匹は手元に置くって最初からの約束でしょ!」P:「え?そんなこといった?」K:「忘れたの? いやだぁ、そうじゃなきゃ生ませなかったわよ。  ちゃんと了解してくれてたじゃない!」P:「あ、そう? それならそれでいいけどさ。」その後幾週間たったでしょうか。ジーは次第にそのかわいらしさ、従順さでパオロをとりこにしてしまいました。毎朝毎晩、ジーを抱かずにパオロの一日は始まらず、また終わりもしないのです。(笑)conG.jpg同じしぐさをオットやエンネがしても、「何やってんだ! まったくぅ」ところがジーがやると「おお、なんてかわいいんだ!」と鼻の下を伸ばしています。(笑)実際、ジーは人に抱かれることが好きなようで、ソファに座ってテレビを見ていると彼女のほうからひざに上ってきますし、いつ何時抱きあげても決していやなそぶりは見せません。オットが抱かれるのが大嫌いな猫で、下手に抱こうものなら手に噛み付いたり、引っ掻いて逃げ出してしまいます。エンネは母親そっくりの姿をしているだけでなく、性格も母親そっくりで、やはり抱かれるのはあまり好きではないようです。だからどうしても、われわれ人間にしてみるとジーのような子がかわいさ百倍なのですよね。^^でも、私は食事をあげるからでしょうか?オットもエンネも、もちろんジーもしたってくれて、うっかりソファで昼寝でもしようものなら3匹が私の体の上に乗っかって寝ています。(笑)hirune.jpg

義妹のお別れ会

タイトルを義妹とのお別れ会といわなければならないのでしょうが、彼女と別れてしまうということをいいたいのではなく、「彼女が主催したお別れ会」にちょっと参加しただけというようなつもりでいたいのです。きっとすぐにまた会えるでしょうから。以下は本日メルマガで配信したものなので、読者の方には重複してすみません。————————————————* イタリアからボンジョルノ! 2008年 No.13*義妹のお別れ会————————————————私には、先の結婚でも一人の義妹がいました。初めて対面したとき、夫はおらず二人っきりでの対面でした。新宿のとある喫茶店の席に落ち着いて開口一番、「私はブラザーコンプレックスではありません。」この言葉を聞いた時に「あちゃーー」ほんとうにブラザーコンプレックスでなければこんなことを言いいませんよね?くしくも私の予感は的中し、しかもべたつくタイプのコンプレックスではなく、兄に対する態度はあくまでも冷ややかに、「こんな兄と一緒になったあなたがかわいそう。」といわんばかり。詳細は省きますが、彼女の存在が最初の結婚が破綻した大きな要因のひとつであったことは確かです。 そして今、私には二人の義妹と義弟がひとりおります。彼らとは何度も喧嘩をするほどの仲になりました。(笑)つまり、お互いがいいたいことを大人の常識の範囲で言うことができる間柄になったのです。そう、もう20年以上の付き合いですものね。 彼ら4人兄弟はローマを取り巻くように少しずつ離れてすんでいましたが、今回義妹の一人が連れ合いの仕事の関係でMilanoに移転することになったのです。彼女自身、コンピューターグラフィックの会社を経営していましたが、私は連れ合いについていくように薦めました。彼女の仕事は環境を整えれば遠くでもできる仕事だし、サラリーマンの転勤ではなく、この先何年はなれて暮らすことになるかもしれないのだから、彼自身誰も知らないところで生活するのを応援してあげたほうがいいといったことがあります。そのときには「Si」とも「No]とも答えなかった彼女ですが、1ヶ月もたたないうちにすでに会社を人に譲ることなどを取り決め、買ったばかりの家も、売りに出すことに話を進めていました。 もちろん彼女の意思で決定したのですが、私の意見をないがしろにしなかったという風に受け止めています。以前から、ことあるごと相談に来て、素直に耳を傾けてくれる義妹をとてもいとおしく思っています。義母をなくしてからはますますその傾向が強まったように感じます。 いろいろなパーティーで、彼女の友達に会うと、初対面でも私のことを知っている人が多く、つまり普段から義妹が私のことを友人たちにどのように話しているのか察しがつきます。夫と喧嘩をして、泣きながら義妹に電話をしたことも・・・その義妹が、遠くに行ってしまうことになりました。昔ならきっととても寂しく感じたことでしょうね。今は電話もE-メールもあることだし、もしかしたらこれまでよりも頻繁に電話で話すことになるかもしれません。 先週の土曜日は、兄弟4人きりでのお別れ会を持ちました。やはり両親のいなくなった今、4人兄弟の絆はさらに深くなり、彼らだけの水入らずのときを持ちたかったのでしょう。そして今日はその家族たちや、義妹の連れ合いの親兄弟も混じって、最後のお別れ会をしました。さぁ、ここからは料理の紹介ですよぉ。(笑) piatto.jpg bruschetta.jpgお皿の下に敷くお皿。     ブルスケッタ2種、トマト味とガーリック味         vongole.jpg pappardella.jpgボンゴレスパゲティー    パッパルデッラいのししのソースcalamari.jpg tagliata.jpgイカのグリル    タリアータsarsiccia.jpg scamorza.jpgサルシッチャ(腸詰ソーセージ)   スカモルツァ(燻製チーズ)のグリルcicolia.jpg crema.jpgチコーリア(チコリ)  デザートのカタローニャ何とか、クリームの上に粗目の砂糖をかけてフランベにしているところです。炎が見えますか?tilamisu.jpg tilamisu2.jpgご存知 ティラミスー全部私が食べたのではありませんよ。私の周りに座っていた人の分も写真を撮りました。レストランの中にはごらんのようなお肉コーナーがあり、その後ろには大きなグリルコーナーがあるのです。carne.jpg fuocojpg.jpg >このレストランの名前はずばり、「Fiorentina」厚切りのビーフステーキと同じ名前です。つまりそれが売り物なのですね。しばらく、このフィオレンティーナを食べられない時期もありましたが、(狂牛病の折)いまやすっかり元に戻っておいしく頂いています。いかにも健啖家のコックさんのようで、信頼できますね?(笑)ristorante.jpg  レストランの内部です。ウエイトレスさんが余りにすばしこく動くので写真がぶれています。そして、なんとこのレストランには日本人のウエイトレスさんがいるということです。今日はあいにく出勤日ではなかったようで会えませんでした。ローマの街中でさえ、いまだにイタリアンレストランで働く日本女性を見かけたことがないのに、ここはローマの北側に位置する市で、まさかこんなところで日本人が働いているとは夢にも思いませんでした。わずか8ヶ月でイタリア語をマスターして、仕事振りもまじめで・・と同僚にとても評判がよく、同胞としてうれしい思いをしました。 義妹の引越しは明日です!新しい土地でも、持ち前の好奇心と誰とでもすぐに友達になってしまう人懐っこさで幸せに暮らして欲しいと思います。Per Roly・・・22/11/2008     Keiko

獣医さんへ

ジーとエンネを獣医さんへ連れて行きました。初めての予防接種を、生後2ヶ月ほどでしなければいけなかったのですが、そのころは丁度オフ会のまっただ中でしたし、家の中で買っているのであまり心配することなく暮らしていました。母猫のオットを拾ったときもすでに3ヶ月になっていたことだし。。。子猫だけを連れて行ってもよかったのですが、母親と一緒のほうが安心するかと思って3匹をケージに入れて助手席に置き、シートベルトを締めて出発。すぐに鳴き出したのが母猫のオットです。子猫たちは比較的落ち着いていましたが、オットはずーっと鳴き通し。それをまねて時々子猫たちも鳴いていました。次回(2週間後)は、子猫だけを連れて行くことにします。オットを連れて行ったのは、避妊手術の相談のためもあったのです。獣医さんからは当初、産後2ヶ月ぐらいでといわれていたのですが、なにぶんいまだに時々授乳しているので、手術は子猫にも影響を及ぼすので、もう少し様子を見ることになりました。体温を測るとき以外はジーもエンネも比較的落ち着いて診察を受けてくれました。オットのときは獣医さんから「すごく野性的ね」と言われたたのですが。(笑)パスポートをもらって、これで戸籍の登録をして、正式な家族になったような気分です。(*^_^*)では、10月21日から11月20までの彼女たちの様子を見てくださいね。