Kenのこと

日曜日、いつもと変わらぬ日曜日。台所の外にはKenが寝そべっていて、中ではオットが私の足にまとわりついて・・・Hanaはきっとお気に入りの、エリオさんちが見えるブドウ畑の端っこで日光浴をしているのだろう。お天気も良かったので、Paoloがバイクで出かけるという。もう12時半だけど、昼食までちょっと一回りするという彼を窓越しに見送って、ふと私の視界に不審なものが目に入った。水気のないところに水が流れているので、どうしたのかな?と外を見て、それがKenが失禁したためだとわかった。あわててPaoloを呼び止めて、私の声を聞きつけて駆け下りてきた息子と3人で近寄って見ると、どうやら吐きもしたらしい。また体の一部が泥んこだったので、PaoloはKenが抜け出してどこかで毒を食べたのではないかといったけれど、私には癲癇の発作だとわかった。以前、初めての発作を起こしたときにいろいろなサイトで状況を見ていたから。でも、あれから何事もなく1ヵ月半が過ぎた。ほぼ忘れかけていたときだった。以前は失禁はしなかったし吐きもしなかった。発作がおさまると程なく歩き出した。しかし、今回はぐったりとしている。すでに発作は終わっているけれど、獣医さんに電話をして、すでに処方されているValiumという安定剤をあげるべきかどうか聞いてみた。獣医さんは学会に出席のために留守だったが、携帯を同僚に預けておいてくれたので、その方から早く回復させるためには薬を与えたほうが良いと聞き、早速いわれていたとおりにお尻から注射液を流し込んだ。しばらくしてKenはようやく立ち上がり、水を飲むためによろよろと歩いた。そして水をのんだあとはまたくずれおちた。頭や体をなでてあげることぐらいしかできなかった。そんなKenを見ているのがつらかったのか、Paoloは予定通りバイクで出かけた。息子はじっと私のそばにいてくれた。もう一度水を飲むためにKenが移動し、その後は落ち着いているようだった。Paoloが帰宅し、われわれも昼食をとり、くつろいでいるところにKenが入ってきた。何か食べたい様子だったので、生チーズを与えた。肝臓が少し弱っていると聞いたときにまたサイトで調べたら、チーズなども与えると良いとあったから。息子はそんなものじゃなく乾パンでも上げたほうがいいといっていた。そうかもしれない。ほどなく、Kenの目がおかしいことに気づいた。上目遣いにきょろきょろとしている。私が家族におかしいことを告げてすぐにKenはまた倒れこみ、四肢をばたつかせ始めた。頭を柱に強く打ちつけているのを、息子がやっとのことで位置を変えた。発作が起こったらすぐにValiumを与えよと言われていたけれど、一箱には3本の注射液しかなく、先ほど2本を使ったので1本しか残っていない。半分でもしないよりましだろうか?約2時間半前に処方したばかりだから、再度使うのは良くないのではないだろうか?いろんな思いが頭をよぎったが、激しい痙攣に見舞われているKenを見ていられなくて半分でも薬を与えることにした。発作がおさまってから、また獣医さんに電話をしたけれど、今度はまったく携帯がつながらなかった。そこで、別の獣医さんに電話をして指示を仰いだ。半分でも薬を与えたのは良かったこと、更なる発作のために薬を買っておいたほうが良いだろうなどと指示を受けた。薬局が開くのを待ちかねて買いに行ったが、処方箋がないと出せないとはねつけられた。窮状を訴えたが、かなり強い薬らしく、どうしても出せないといわれ途方にくれた。泣きながらもう一度獣医さんに電話をしてみた。自宅まで行って処方箋をもらうつもりだった。ところが出かけ先だということで、それも断念せざるをえなかった。私がそうしているまに、Paoloは救急病院へ電話を入れていた。そこの獣医さんは連れてこいと言っていた。でも、いささか遠いのでわれわれが考えているうちに3度目の発作が始まった。もう弛緩剤も何もない。Paoloが病院へ連れて行くことに決めた。だが、彼は翌日4時半おきの仕事が待っているので、私が行くことにした。泣いてばかりいる私に高速を使ってローマの知らないところにある病院へKenを連れて行くことなどできないと思ったらしく、息子を同行させた。息子はKenの姿を見るだけでも胸が痛いのに、ヒステリー状態の母親と一緒に車で出かけることをためらったようだが、父に言われて従った。Paoloがナビガトーレ(ナビゲーション?)をセットしておいてくれたので、すでに夕暮れになっていたが、無事にたどり着くことができた。車の中でもKenは合計3度の発作を起こした。それぞれ極短いものだったけれど・・・診察中にも2度の発作が起こった。当直の先生が必要な検査の見積もりをしてくれたので、Paoloの了解を得てすぐ入院させることにした。検査は1日か2日で終わるという。治療は自宅なので、すぐに退院できるということだった。でも、脳腫瘍などの可能性もあるといわれ気が沈んだ。帰宅後、Hanaに夕食をあげたときに、たまらなく悲しくなった。いつも二つの食器を並べてあげていたのに、今日はひとつだけ・・・我慢できずに大声で泣いた。「こんなに悲しむのだったら犬を飼うんじゃなかった。」というPaoloの声が聞こえた。翌日の面会時間に息子と共に行って見たら、1時間待たされた後、知らない看護士さんの手綱に引かれてよぼよぼと歩くKenにやっとあえた。Kenが知らない人に引かれて歩くさまを見るのは不思議なものだった。私は人間の面会のように部屋に会いに行くのかと思っていたら、昨日と同じ救急処置室での面会となった。担当の獣医さんの話では血液の精密検査を行ったが何も悪いところはないということで、希望があれば脳の検査をするという。Tacと呼ばれる検査には5万円ほどかかるので、前日すでに希望していたにもかかわらず、再度了解を求められた。その検査で何も見つからなければ翌日の午前中にも退院と聞いて前日とは違って明るい気持ちで帰途に着いた。そしてさらに翌日、病院からの電話で迎えに行った。Tacをするために首筋の半分の毛をそられていたし、すでに前日レントゲンのためにおなかも半分裸だった。血液採取のために足もところどころ毛を剃られていてなんだか出来損ないのプードルみたいな姿になった。診断は「頻発性癲癇」ということで、原因は不明。脳にも何も障害はなかった。ここでの検査では肝臓にも障害がなかったので、おかしいとPaoloに話して誤解が解けた。Paoloは「もしかしたら肝臓に障害があるかもしれないからその検査をしようと獣医が言った」といったらしいのを、私が「肝臓に若干の異常が見られるから精密検査を希望があればしてみよう」と獣医さんが言ったのだと聞き違えていたのだった。どちらにしてもたい

10日後

早いもので、オットがうちに来てはや10日がたちました。元気で、家にも我々にも慣れてくれたようですが、まだ。KenとHanaとの交流には時間がかかりそうです。オット以前にいた猫はHarry。Harryもオットより小さかったし、なんといっても、KenもHanaもまだ1歳半でHarryと仲良くなるのに時間はかかりませんでした。あれから4年の月日が流れ、Ken・Hanaが子猫との接触を忘れてしまったこともありますが、なんといってもオットの方がKen・Hanaを寄せ付けません。ごらんのようにKenは早く一緒に遊びたいみたいですがオットはガラス越しにも時々うなっています。今日も、PaoloがKenを抑え、私がオットを抱えて近づけてみましたが、オットがKenを引っ掻きそうになってあわてました。今夜も私の鼻にふた筋の爪あとが。。。あせらずに自然に仲良くなってくれるようにがんばります。

おまたせ〜〜〜

オットです。新しい我が家のメンバーです。10月3日にやってきました。はい、Paoloからの誕生日のプレゼントです。15年前、妊娠5ヶ月くらいのときだったでしょうか、ローマから帰ったPaoloが手渡してくれた袋の中に初代のオットが入っていました。Paoloは、私は猫好きかどうかも知らないで、とにかくかわいい子猫だし、道端に放っておけずに連れてきたのでした。私が歓喜したのを見てほっとして、知ってればもっと早く猫を飼ったのにといっていました。妊娠中だったので、私も猫も、できうる限りの検査を受けて、何も問題がなかったので、その後は本当に楽しく過ごしました。近所の子供たちが尻尾を持って逆さにしても何もいわないほどおとなしい猫で、みなが聖猫と呼んでいました。しかも性格は犬のようで、Paoloの姿を見ると走って迎えにいきました。約3年、一緒に過ごしましたが、引越しが決まったときに姿を消してしまいました。その後も道で似た猫に会うといつも「オット!」と呼びかけていたものです。そして、そのオットの生まれ変わりではないかと思えるほどにそっくりの子猫がまた我が家にやってきたのです。当然名前はオット。イタリアでは名前の最後が「O(オー)」で終わるのは男性用の名前、翌日獣医院へ連れて行き、メスだと判明しましたが名前はオットのままにしました。初代のオットをいつも思い出しながら付き合っていきたいと思います。食いしん坊で、遊び好きな、いわゆる普通の子猫です。^^どうぞよろしく。そしてお気づきのように、このblogのタイトルを「花はな・ワン・にゃん」と変更しました。これからは彼らのこともここで紹介させてくださいね。